仏陀が説いた死後において幸せになり、お金持ちになる方法
(この動画の説明文)
パーリ仏典サンユッタ・二カーヤ において仏陀は次のように お説きになられている。
「この世でもの惜しみをし、 吝嗇(りんしょく)、ケチで 乞(こ)うて来る者を
罵(ののし)り退(しりぞ)け 他人が与えようとするのを 妨(さまた)げる人々、
かれらは地獄、畜生の胎内、 閻魔(えんま)の世界に生まれる。
もし人間に生まれても 貧窮(ひんきゅう) 貧乏の家に生まれる。
そこでは衣服、食物、 快楽、遊戯(ゆうぎ)を 得る事が難しい。
愚かな者達はそれを 来世で得ようと望むが、 かれらはそれが得られない。
現世ではこの報いがあり 死後には悪いところに堕ちる。」
「この世において人たる身を得て 気前よく分かち与え、
物惜しみをしない人々が ブッダの真理の教えに対して 信仰心があり、
修行者の集(つど)いに対して 熱烈な尊敬心をもっているならば
かれらは天界に生まれてそこで輝く。 もし人間の状態になっても 富裕な家に生まれる。
そこでは衣服、食物、 快楽、遊戯(ゆうぎ)が 労せずして手に入る。
他人の蓄えた財物(ざいぶつ) を他化自在天(たけじざいてん) のように喜び楽しむ。
現世ではこの報いがあり 死後には善いところに生まれる。」
「穀物も財産も金も銀も、 またいかなる所有物があっても、
奴僕(どぼく)も雇人(やといにん)も 使い走りの者も またかれに従属(じゅうぞく)して 生活する者どもでも、
どれもすべて死後の世界、 来世に連れて行く事は出来ない。 全てを捨てて死後の世界、 来世に行くのである。
人が身体で行ったもの、 つまり身体で行った善き行為の報い、 身体で行った悪しき行為の報い、
また言葉や心で行ったもの、 つまり言葉で行った善き行為の報い 言葉で行った悪しき行為の報い
また心で行った善き行為の報い、 心で行った悪しき行為の報い それこそが、その人自身のものである。
人は自己の為した 身体と言葉と心でなした業を 受け取って死後の世界 来世に行くのである。
それは死後の世界 来世でかれに従うものである。 影が人に従うように。
それ故に善い事をして功徳を積め。 功徳は人々のよりどころとなる。」