だれも見ていなくても良いことをしよう!『陰徳陽報(いんとくようほう)』

だれも見ていないからといって、決して悪いことをしてはなりません。必ずいつかバレます。隠れて、悪いことをしていると、必ずその悪事がバレて、その人間に破滅をもたらすことになります。

それは、連日、警察に逮捕されて、ワイドショーをにぎわす悪人、犯罪者たちを見れば一目瞭然(いちもくりょうぜん)でしょう。

だれも見ていないからといって、人間は、何をしてもいいというわけではないのです。

昔から、

「お天道(てんとう)様が見ている」とか、

天知る

地知る

我知る

といって、だれも見ていなくても、天も地も自分自身も自分が何をしているか知っているのです。

このように、だれも見ていなくても、天が見ています。地も見ているし、何よりも、自分自身が自分の行いを見ています。

善人と悪人の違いは、だれも見ていないときの行動の違いです。

善人は人が見ていなくても、悪いことをしません。それに対して、悪人は人が見ていないと、悪いことをやりたがります。

どんな行いでも、必ず、やがてバレます。だから、だれも見ていないからといって、悪いことをするのはやめましょう。

だれも見ていなかったとしても、鏡の法則により、すべて少しの狂いもなく、自分に返ってきます。

また、だれも見ていないからといって良いことをしないのも、また、愚かなことです。

だれも見ていなくても、良いことをすれば、鏡の法則により、自分に良いことが返ってきます。

隠れて良いことをすることを陰徳(いんとく)といいます。

また、『陰徳陽報(いんとくようほう)』といい、人に知られず、隠れて、良いことをしていると、良い報いがあるといわれています。

人知れず善行を積めば、必ずよい報いを得るものだというたとえ。
出典:四字熟語辞典(学研)「陰徳陽報」

また、陰徳は”天の蔵に宝を積む行為”であり、死後、あの世に帰ったときに、その陰徳のおかげで、極楽で幸せに暮らすことができます。

また、陰徳に対して、陽徳(ようとく)というのもあります。陽徳は自分がした善行が人に知られることです。

例えば、寄付して、たくさんの人に賞賛される、とかです。陽徳を積んでも、賞賛されることで、すでに、その報いを受けてしまい、せっかく積んだ徳分が消えてしまいます。

だから、寄付する場合も、できれば、匿名(とくめい)で、だれにも知られずに、こっそりと、寄付したほうがいいのです。

同じ良いことをするなら、隠れて、人に知られず、良いことをして、天の蔵に宝を積む陰徳のほうがいいのです。

ということで、どんどん良いことをしていきましょう。特に陰徳を積んでいきましょう。

天はちゃんと見ています。日々、良いことをして、善行をして、陰徳を積んでいきましょう。

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